緑風トップへ もくじへ戻る

       
北のアルプ美術館たより    No.13 2005・6 
     
星野道夫の本棚   国松 俊英
 星野道夫という写真家をご存知でしょう。アラスカをテーマにして写真を撮りつづけ、自然や野生動物のすばらしい作品を残した人です。また、大自然と向き合う中で考えたり感じたりしたことを、魅力あるエッセイに綴りました。彼が亡くなって今年で9年になります。けれどその写真や文章を愛する人は、減るどころかいまも増えています。

 星野さんの写真には、単なる野生動物や原始の自然の映像を超えた何かがあります。それは太古から自然と生き物が営んできたはるかな時間であり、人間も含めてこの地球に存在する命の輝きです。静かで穏やかだけれど強い力を感じさせる写真は、見る者に安らぎと慰め、生きる勇気を与えてくれます。

 星野さんは、またすぐれた文章の表現者でした。個性のある文章は21世紀に生きる私たちに、自然と人間について深く考えさせるものを持っています。いまの私たちは、文明というものにくるまれた社会で暮らしていて、血の匂いをかいで生きるということはありません。星野さんの文章を読んでいると、人間は本来、木の実や草の実を採って食べ、動物を殺してその肉を食べて生きるものなのだという、あたり前のことに気づかされます。もう忘れてしまった血の匂い、食物を得た喜び、飢えの恐怖など原始の人間の感覚を強く思い出すのです。

 ふしぎな縁があって、私は星野道夫さんの少年時代と青年時代の日々を書かせてもらいました。一昨年の5月に出版したノンフィクション『星野道夫物語 アラスカの呼び声』(ポプラ社)です。

 取材調査のためにアラスカへ行ったのは、2001年7月のことでした。アラスカの自然を歩き、星野さんが18年間生活したフェアバンクスを訪ねました。アラスカの友人たちに会って話を聞き、郊外にある彼の家に行きました。星野さんの古い友人であり隣家に住んでいたカレンさんに案内してもらいました。

 トウヒとシラカバの林の中に建てられた2階建てのログハウスが、星野さんの家でした。2階の小さな書斎にも入らせてもらいました。テーブルの左側には大きな本棚がすえつけられていて、アラスカの自然に関する本、野生動物の写真集、アメリカ先住民の文化や神話について書いた本などがならんでいます。山の本もありました。ガストン・レビュファ、尾崎喜八、辻まこと、上田哲農、坂本直行‥‥などの著書です。

 棚の本をながめていった私は、あっと思いました。山の文芸誌「アルプ」がずらりとあったからです。「アルプ」に3回ほど山の童話を書かせてもらい、ファンのひとりだった私は、とてもうれしくなりました。星野さんも「アルプ」の熱心な読者だったのです。仲間に会ったような気持ちになりました。

彼が山岳クラブに入って本格的に山登りを始めたのは、1974年、大学三年生の時です。冬山や岩登りも始め、谷川岳や穂高岳によく通いました。古書店で山の本を探しては読みふけったと聞いています。「アルプ」もこの頃に見つけて、読み出すようになったのでしょうか。後年、アラスカの原野や氷河を歩くようになった星野さんは、もしかしたらテントの夜に「アルプ」を読んでいたのかもしれません。本棚をながめながら、そんなことを想像しました。

 あらためて星野さんの写真集を開きエッセイを読み返すと、そこに「アルプ」の精神がしっかり息づいていることを、私は感じるのです。 

星野道夫物語
-アラスカの呼び声-
ポプラ社  1470円

クイーンシャーロット島 トーテムポールと夕景   筆者撮影
 
国松俊英(くにまつとしひで)
・1940年滋賀県に生まれる。同志社大学卒業。童話や児童小説を書く一方、野鳥と自然、人物を題材にしたノンフィクションを書いている。
鳥の文化史についての研究や調査を熱心に行っている。主な著書「宮沢賢治 鳥の世界」(小学館)、「最後のトキ ニッポニア・ニッポン」(金の星社)など。
 




斜里で培う「生きる力」

 

尾ア 良

 「自分に正直に生きる」。約二年半の網走支局勤務で使ったB5判の取材ノートを読み返していると、ページの一部に書きなぐられた文字が目に留まった。斜里岳山麓で暮らす陶器職人の男性(五十四歳)の言葉だ。男性は取材に対し「いい生活をするのが人生の目標です」とも―。
取材先ではまれに貴重な人生訓をいただく。男性の言葉は数少ない例で、「生きる力」を感じた。私の中で斜里を象徴する印象深い言葉として心に残っている。

 ノートによると、男性の取材日は二〇〇三年七月十四日。道外出身で「一人旅で訪れた斜里の山、海、川が気に入った」そうだ。冬は背丈を越える雪が積もり、多湿で陶器作りには悪条件だというが、「豊かな自然に囲まれて、自分のやりたいことをしたかった」と約二十年前に斜里に移り住んだ。

 自らの住み家を見つけ、手につけた職人技が生活の糧だ。窯入れは数日間の徹夜仕事で、個展を道内の全自治体で開くのが目標とも語っていた。
「ゼロ」から生活をつくり上げた底力を感じずにはいられない。これが「生きる力」なのだろう。自ら生きる場所を決め、自力で家を建て、自給自足を実践している。生き方に信条があり、斜里で暮らすという夢を実現させた。

 「自分の世界を持っている人々」
 取材ノートの他のページに書き込まれた言葉だ。「北のアルプ美術館」で「山岳文芸誌『アルプ』の精神とは」と聞き、同館の山崎猛館長が答えたコメントだ。前述の男性も「自分の世界」をしっかり持っているから、斜里に来られたのではないか。

 取材を通じて感じた斜里は、「生きる力」にあふれた人間が集まった土地であった。心に躍動感を持つ人々に斜里で出会えたことに感謝したい。網走支局勤務で使った取材ノートは四十八冊。生きた言葉が詰まったノートは私の宝物になっている。



尾ア良(おざき・りょう)
一九七五年生まれ。釧路市出身。九九年、英国立ケント大学院修士課程(社会福祉学専攻)修了。二〇〇〇年から北海道新聞社記者。〇二年九月から〇五年三月まで、網走支局員として斜里町などで勤務。同年四月から、本社編集本部勤務。

●初夏の気配が感じられた5月29日、大谷一良氏と山口耀久氏が来館されました。懐かしいアルプの時代のお話しを伺いながら、4月に亡くなられた編集長 大洞正典氏のお話も伺うことができました。

●人を育てる度量の広さ、そして人の幸福を自然に素直に心から喜べる人であった、と言うお話しを伺いました。

●余白、字面のセンスに関しては山崎館長を交え、3人で口を揃えて絶賛でした。北の小さな町であらためて大洞氏を偲ばせていただきました。

館長・山口氏・大谷氏、
しれとこくらぶ にて

   



一年間の出来事   季節の便り 2004.7〜2005.6

  2004年 6月16日  「アルプに集う人々?直筆原稿展?」開催

  2004年 7月 1日  北のアルプ美術館ホームページ開設

  2004年10月25日  斜里岳初冠雪 同月27日 初雪

  2005年 4月26日  大洞正典氏(元創文社編集長)死去(89歳)

  2005年 4月30日  この季節としては驚くような雪と低温

  2005年 5月20日  エゾヤマザクラが咲き始める
 

アルプのクロッカス

アルプの銀杏
北のアルプ美術館ホームページ「アルプの庭」は、四季折々の様子をお伝えしています。
これからもよろしくお願いします。

ツリフネソウ

●アルプ・大洞正典氏を偲んで 上流に辿る魂

 アルプ編集長、大洞正典さんが4月26日午後2時5分亡くなられたと長男正量さんから知らせがあった。その日の朝、北のアルプ美術館には遅い雪が積もり、咲いていたクロッカスがすっぽりと雪に覆われていた。

「いつも穏やかに」と口癖のように云っていた事を思い出しながら、覚めない夢の道へ遠ざかってしまった大洞さんの姿を思っている。2005・1月発行「さん板」の最初に「結城信一と創文社の大洞正典」と云う記事が載っている。「アルプ」のこと結城信一との出逢いなど、これは編集長大洞正典論と云ってもいいものだと確信した。この文章を書かれた矢部登氏に敬意を表したい。

表に出る事はない編集長としての姿勢の中に、あらためて「アルプ」の「上流へ辿る魂」を強く感じさせられた。大洞さんは今ごろ、尾崎喜八や辻まこと、曽宮一念、畦地梅太郎ら、アルプの仲間と共に語りあっている事だろう。

 病床で握った手の温もりが最後の言葉であり、「アルプの心を守る」という誓いであった事を忘れずにいたい。心からご冥福をお祈りしたい。
                           山崎 猛
  注:舟へんに山の漢字が表示出来ませんので、ひらがなで「さん板」と表示させていただきました。
 


  
 アルプ関係図書案内
▲ハマナスのことをホームページ(アルプの散歩道)に掲載しましたら、うれしいコメントをいただきました。
■■幻戯書房 池内 紀編「小さな桃源郷」姉妹編
   「山の仲間たち」6月20日配本予定
   足が歩きたがっている。渓流のささやき。風の匂い。
   やさしい生き物たちが、すぐ身近にいる。
   -「アルプ」の頁をめくると、澄んだ山気が漂ってくる。-  
     
■■昭和39年11月8日に実施された「アルプの夕べ」。
   その時の録音テープの寄贈を受けました。美術館内で聞
   いていただけるよう、計画しております。お楽しみに。
 企画展のご案内
■■豊饒な草原に想いを馳せる
   「アルプ」作家・作品展
   絵画・版画・写真・書・アルプ挿入原稿など
   2005年7月〜2006年6月■北のアルプ美術館(3-4000)

■■第7回 アルプの夕べ
   「谷川俊太郎 詩の朗読会」
   2005・9月17日(土)・斜里町ゆめホール知床
   詩人、谷川俊太郎氏の詩の朗読・心に響く語りかけに
   耳を澄ませて見ませんか?
   問い合わせ■北のアルプ美術館(3-4000)
美術館にいらしたお客様が2階の廊下で書き留めてくださったアルプへのメッセージは、ホームページへも掲載させていただいております。
  
美術館の庭には心が息をつく空間があります。四季折々の美しさを訪れた方は感じるはずです。
▼初秋の庭



 ご寄贈ありがとうございました(順不同・敬称略)
池内紀・渡辺誠弥・坂倉登喜子・山室眞二・今野淳子・古舘尚樹・西村一郎・国松俊英・畠山良三・鈴木由起夫・関根正行・岡部牧夫・谷合規子・川添英一・確井正人・田中良・山口耀久・若林修二・畦地美江子・内田康男・村田絢子・小川隆史・富沢裕子・岡田敦・一原正明・矢部登・鈴木直子・網田安雄・高澤光雄・山田和弘・森田秀子・大谷一良・小松明・串田孫一・久保井理津男・山と渓谷社・講談社・北海道新聞出版企画部・東京新聞出版局・北海道立北方民族博物館・斜里中学校G組・白山書房・響文社・秀岳荘・創文社・レブ.ジャポン・樹の森出版
◆◆◆その他各地の美術館、博物館、記念館より資料や文献等をお送りいただきました。

 
  アルプ基金 - 報告 -

 2004年5月5日
     〜2005年5月11日

 312.401円となっております。

ご協力、ご支援に心より感謝とお礼を申し上げます。


◆ 冬期間の閉館をお知らせします。 
2005年12月19日(月)から2006年2月28日まで閉館します。ただし、事前にご連絡をいただければ、また、在宅時はインターフォンでお知らせいただければご案内が可能ですので、どうぞよろしくお願いいたします。

◆ 皆様にご好評をいただいております、北のアルプ美術館販売の絵ハガキは、一部種類で旧郵便番号(5桁)の印刷となっておりました。印刷し直しも検討いたしましたが、現在、7桁のシールを貼って対応させていただいております。どうぞご了承ください。

  
入館者の記録

総入館者数 32,666人

(1992.6.13〜2005.5.28まで)

町内  9.0%
道内 54.0%
道外 37.0%
   
編集後記◆緑風の季節が静かに到来!この1年の大きな出来事は、昨年の7月にホームページが開設され1年を迎えようとしている事です。多くの方々に扉を開いていただき、また心温まるコメントもたくさん届きました。ありがとうございました。明日へと向う大きな励みになりました。これからも扉をノックして道草を楽しんでいただけるよう努力して行きます。小さな深みのある北のアルプ美術館にぜひ、来館をと願いながら・・・〔長谷川〕
◆さわやかな風を感じると「緑風」の発行です。確実に巡る季節に多くのことを教えられます。知床の世界自然遺産登録が迫っています。嬉しく、誇りに思える事ですが、ともすれば両刃の怖さも秘めています。確実に、私たちの住んでいるこの大地を見つめながら、あらためて、その価値を見直す時かもしれません。(桜井)
  
緑風-北のアルプ美術館たより No.13   2005年6月発行(年1回)

編集:山崎 猛 長谷川美知子 大島千寿子       発行:北のアルプ美術館
印刷:(有)斜里印刷       デザイン・イラスト:桜井あけみ(アトリエ・ぽらりす)
〒099-4114 北海道斜里郡斜里町朝日町11-2  TEL01522-3-4000/FAX3-4007
http://www.alp-museum.org    メールアドレス:mail@alp-museum.org

  

このページの最初に戻る 緑風トップへ戻る もくじへ戻る