戻る  もくじへ戻る

        
北のアルプ美術館たより No.12 2004・6 
      
路傍から   重本恵津子(作家)
 「物語」で、トポスが問題になるように、あるいは、ドストエーフスキーにおけるペテルブルグ、トルストイにおけるヤースナヤ・ポリャーナが、トポスとして重要な意味を持っているように、私たち日常的な人間にも、それぞれ心に秘めた、あるいは命につながったトポスがある。私と「北のアルプ美術館」との関係はまさにそのようなものだろうか、と思う。

 館長山崎氏との交流はすでに十二年に及ぶけれども、私はその間まだ二度しか館に足を運んでいない。その二度の訪問で私は「美術館」というものは紛れもなく、一つの人格だ、ということを悟った。私が、尾崎喜八の詩が好きで、彼とその夫人の評伝を別々に書いたのは、ただ喜八の詩に傾倒していたからだけではない。日本の、いや世界的にもそうだが、詩人や文学者と呼ばれる連中には欺瞞だらけの人間が実に多い。嘘つきは仕方がないとしても、根性が卑劣なのは許せない。尾崎喜八とその夫人には不思議なほどそれがなかった。だから、私は書いた。

 人間の品位ということに敏感だったせいか、私は、「北のアルプ美術館」は一目見てその品位に魅せられた。山崎館長自身がまさしくそれを具現していた。この人の写真集「氷海」を見たとき、私はその魂の鮮烈さに圧倒されてしまった。

 無料の私設美術館というのは何を意味するのだろうか。先月、私は北九州にある「松本清張記念館」に五百円はらって入館した。

 「アルプ」と「松本清張」ではまったく違うから、比較の土俵にも登せないが、ここにも私は人格を感じた。一生を、衝き動かされるように働き通した一作家の強烈な個性があった。

 無料か有料か、私設か公設かというのは大きな問題ではないのかもしれない。また、知床半島が、道外の人間にはあこがれのトポスで自然の宝庫なのだというのも、さして問題ではないのだろう。一ばん大切なのは、山崎館長の「アルプが語り残したものを、次の世までも伝えたい」という真摯な思いと、日々の営々たる努力なのであろう。心ある入館者にはその思いが不思議に伝わってくる。そして、「路傍の私たちに何が出来るか」と私は考えてみる。心ある入館者を一人でもふやしてこの空気を体感させたい。人間が人間らしく成長できるのは一人一人が裸で感じるときだけだと、私は思うから。

重本恵津子・(しげもとえつこ)山口県生まれ。1968年早稲田大学大学院ロシア文科修士課程終了。1995年「花咲ける孤独 評伝・尾崎喜八」2004年には「夏の最後の薔薇 詩人尾崎喜八の妻 寛子の生涯」を執筆
        


   オンネヌプリ(斜里岳)   二 部   黎
 萱野茂氏のアイヌ語辞典には、「オンネ」の頁に@年をとる A死ぬ、とふたつの意味が記されている。死は一般に「ライ」を用い長老の死に尊敬を込めて「オンネ」を用いたとある。私の住む来運地区は原名をライクンナイ(死んだ川)、明治31年の植民地解放以降、来運の文字があてられたと、知床博物館出版、「地名探訪 しゃり」にある。

 私は毎朝、オンネヌプリを見ながらライクンナイの湧水を汲みに行く。昨年十月、この地に住んでから、猛吹雪の日も欠かすことのない日課になった。尊敬を込め、両手を広げてあいさつをし、冷たい水を一盃グイッと飲む。

 この地に住んだ先住民にとって「年老いる」ことと、「偉大で気高い」ことは、生き続けるための絶対価値なのであろう。いつも堂々と美しいオンネヌプリには、年老いたみじめさなどどこにもない。

 旧石器の遺跡が越川地区に確認され、縄文、続縄文、オホーツク、擦紋、アイヌ文化と続く人類の営みが、この地に多くの遺跡を残した。文字を持たない永い時代、この地に住む人々は、民族の違いを超え、時を超えて、オンネヌプリに象徴される老いること偉大であることの哲学を、二万年もの間永々と心から心へ引き継いできたのであろう。海別岳もかつてはオンネヌプリと呼ばれ、遠音別岳はまさにオンネヌプリの漢字への音写である。

 快いせせらぎ、やわらかなおいしい湧水、樹林を翔び交う小鳥のさえずり、毎日途切れることなくこの地に人々がやってくる。

 ライクンナイは生きる意味を語り、水と安らぎを生あるものに与え続ける。
      ひとつの死はあらゆる生のためにある。
      死は終わることではなく全ての生の始まり・なのかもしれない。

 この水を飲みながら考える。年老いること偉大であること。死と生のこと。毎朝毎朝、山と川、たくさんのこの地の生きものから学び続けている。

                      彫刻家 斜里町来運 在住
  

■アルプ美術館に石彫を製作することになりました。
 数年かけて四基を予定しています。

 大地は彫刻を生み出します   彫刻は大地に支えられます
 空は彫刻を見守っています   彫刻は空にあこがれます
 風は彫刻を美しくします   彫刻は風にみがかれます
 白樺は彫刻を白と緑に染めあげます  彫刻は白樺に恋をします
 生きものは彫刻を棲家とします  彫刻は生きものになりたいと思います
 


  一年間の出来事
季節の便り 2003.6〜2004.6
 
 2003年
  6月13日      「大谷一良の仕事」展開催。

  8月30日      大雪山系黒岳で初冠雪。

  9月16日〜23日  大谷一良版画展「雪を迎える山々」ギャラリーアド。

  9月26日      道東日高震度6の地震。
              美術館にもたくさんの方々からお見舞いの電話を頂きました。ありがとうございました。

  9月27日      富士山で初雪平年より12日遅い。

 10月26日      快晴の日・山葡萄狩り。

 11月 1日      第6回アルプの夕べ 池内紀講演会「桃源郷を見つける」。

 11月 5日      入館者3万人達成

 2004年
  1月14日〜15日   猛吹雪のため臨時休館・北海道は記録的な大雪に見舞われ各地で交通網が寸断。
               大きな被害をうける。

  5月1日       戸川幸夫氏死去(92歳)。

  5月3日       夜半から台風並の低気圧で暴風・アルプの林のトドマツ倒れる。
 
 
 
 アルプの庭の花  
 シロバナノエンレイソウ・クロユリ・エゾエンゴサク・マイヅルソウ・クシロハナシノブ・ツリフネソウ・チシマヒョウタンボク・ハスカップ・ツルウメモドキ
*昨年始めてグズべりの実がつきました。今年はハスカップが楽しみです。
アルプの庭の探鳥会
 シジュウカラ・キレンジャク・ゴジュウカラ・ハシブトガラ・ミヤマカケス・カワラヒワ・アトリ・ツグミ・ヤマゲラ・コゲラ・シメ・アカゲラ・ムクドリ・ハシボソガラス(毎年アルプの林で子育てをします)

 アルプの夕べ  池内 紀 講演会「桃源郷を見つける」
 作家の池内紀さんをお招きして楽しいお話を伺いました。幻戯書房から発行された「ちいさな桃源郷」の話から、池内流旅の話、そして今私たちがもしかしたら忘れている「たいせつなもの」をもう一度きづかせてくれる、そんなお話しでした。
*講演会終了後のサイン会では池内氏のイラストまで添えていただき、たいへん楽しいものでした。
 


 企画展のご案内
■■北のアルプ美術館 開館12周年特別企画展
    「アルプ」に集う人々 -直筆原稿展-
    2004年6月16日〜2005年5月31日
     ■ 北のアルプ美術館(3-4000)

■■アトリエ・う 第2回アルプ展
   2004年6月5日〜2004年9月26日
   東京都町田市鶴川1-13-12(042-734-8187)
 
 アルプ関係図書案内
 重本恵津子 「花咲ける孤独 評伝・尾崎喜八」潮出版
     「夏の最後の薔薇 詩人尾崎喜八の妻 實子の生涯」
     (有)レイライン

 朗読CD「串田孫一随想集」 朗読 西沢利明 キングレコード
 朗読CD「尾崎喜八詩集」   朗読 加藤  剛 キングレコード

 三省堂 「日本名山事典」  三省堂

 串田孫一「山歩きの愉しみ」 ランティエ叢書
    自然に抱かれる喜び、愉しみ、そして忍苦が全篇を通し
    湧き出る串田文学の屈指のエッセイ集。

 池内紀 「池内紀の仕事場3 カフカを読む」 みすず書房

●「季刊 山の本」 白山書房 全巻を箕浦登美雄氏よりご寄贈いただきました。みなさんにもご覧いただけるように展示コーナーを設けたいと考えております。
 
 「大谷一良の仕事」展 を終えて
 開期が長いと思ったが終わってみれば早いものである。大谷さんの希望でBGMはモーツァルトにした。
鶯張りの廊下が時には心地よく名曲に馴染む。ピアノ協奏曲第20番ニ短調と第21番ハ長調は、夏と秋に流れ、冬と春はフルートとハープのための協奏曲ハ長調とクラリネット協奏曲イ長調にした。心に染み入る情感が作品を抱擁していた。大谷さんの著書に1973年海外勤務のため上野毛の尾崎喜八さん宅を訪ねた夜「お別れにモーツァルトのピアノ協奏曲を一緒に聴きましょう」と云う一節があった。その時の曲、第21番ハ長調第2楽章のアンダンテについて「夜の空のたくさんの星のように美しい」と尾崎さんは語ったという。 (山崎)
 鶯張の廊下をモーツァルトを聴いて京都の知恩院のようだと云った男は何者だったのか・・・心地よい響きを一年間奏でてくれました。


 ご寄贈ありがとうございました(順不同・敬称略)
・畦地美江子・黒岩貞二・石井八重子・笠島克彦・田村宏・岡田敦・山室眞二・伊藤信彦・安部永・大高慶子・田中良・三輪克子・平野幸男・関根正行・重本恵津子・中屋雅義・大田徹也・小谷明・箕浦登美雄・若林修二・小松明・池内紀・小林恭子・串田孫一・二部黎・松沢節夫・辰野和男・小野木三郎・石見禮花・大森久雄・小川隆史・岡本實志・今野淳子・田中清光一・加藤比呂志・一原有徳・末広寿美
・(株)実業之日本社・幻戯書房・東京新聞出版局・論座編集部・佐谷画廊・斜里中学校G組・北海道立北方民族博物館・斜里町立知床博物館・(株)プロモーションセンター・尾崎喜八研究会

全国の博物館、美術館、記念館より資料や文献等をお送りいただきました。  ありがとうございました。
      
 
アルプ基金 -報告-

2003年6月13日から
2004年5月2日まで、
292,859円
となっております。

ご協力、ご支援に心より
感謝とお礼を申し上げます。
■7月1日より北のアルプ美術館ホームページがご利用いただけます。
  http://www.alp-museum.org

まだまだ不十分な点があると思いますがどうぞよろしくお願いいたします。お便りなどもいただけましたら嬉しく思います。      
■メールアドレス alp@guiter.ocn.ne.jp  
入館者の記録
総入館者数 30,355人
(1992.6.13〜2004.5.28まで)
町内  8.0%
道内 53.0%
道外 39.0%

アルプの林の白樺は植えたときには50センチほどの幼木でしたが、
12年間でこんなに大きく成長しました。緑の風がここから始まります。
編集後記 寝て見る夢と、精神を高揚させながら描く理想(夢)とはどこかで繋がっているように思われる。あとがきを書きながら池内紀さんとの会話を思い出している。継続、そのことが文化を伝えることではないかと。古ぼけた木造3階建てのわが町の図書館の小さな展望室に池内紀さんが名前をつけてくれた。「風の道 星の部屋」これもまたわが町が誇ることのできる大切な財産である。エゾハルゼミの鳴き声に登山帰りの若者が3名くわわり初夏のメニューは全て揃った。また新しい季節が始まります。(山崎)●緑風の中、気持ちも晴ればれと過ごしております。北のアルプ美術館に勤めて1年3ヶ月が過ぎようとしています。たくさんの作品と出逢い、多くの方と出逢いながら世界がずいぶんと広がったように思います。これからも初心を忘れずに歩いていきますのでよろしくお願いいたします。靜に流れる時間を過ごしてみませんか?お待ちしております。(長谷川)●冬が長く夏の短い北海道ですが、オホーツクの季節を楽しんでいただこうと、あちこちに花や実のなる木を植えています。一昨年からの取り組みなのでまだまだ不十分ですが。白樺林をわたる風と、足下の花々を楽しみながら散策してください。(夏は蚊に注意ですが・・)(大島) 
  
緑風-北のアルプ美術館たよりNo.12      2004年6月発行(年1回)
編集:山崎 猛・長谷川美知子・大島千寿子             発行:北のアルプ美術館
印刷:(有)斜里印刷    デザイン・イラスト:桜井あけみ(アトリエ・ぽらりす)
〒099-4114 北海道斜里郡斜里町朝日町11-2  TEL 01522-3-4000/FAX3-4007
  

このぺーじの最初に戻る  緑風トップへ戻る  もくじへ戻る